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大学生活全般

2015.09.09

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赤﨑记念研究馆を见学しました。

LEDを利用した信号機

 

今回は赤﨑记念研究馆を见学しました。赤﨑記念研究館とは2014年にノーベル物理学賞を受賞した赤﨑勇教授の功績を後世に伝えるために建てられた研究棟です。1階の展示室にはLEDを利用した信号機や青色LEDの材料である窒化ガリウムの結晶模型、世界初の高品質窒化ガリウム単結晶の成長に成功したMOVPE装置などが展示されていて、どなたでも自由に観覧できます。

 

 

そもそもLEDというのはLight Emitting Diodeの略称で、これは光を発する半導体ダイオードという意味です。電気を通す鉄などの材質を導体、電気を全く通さないガラスのような材質を絶縁体と呼びますが、そのどちらでもない特徴を持つ材質が半導体です。つまり、半導体は条件によって電気を通したり、通さなかったりする性質を持っており、そうした特性がLED作製に最適だったわけです。LEDが登場する前に白熱灯や蛍光灯が明かりとして使用されていましたがLEDと従来の明かりは以下のような点で異なります。白熱灯は金属製のフィラメントに電気を流し、高温にすることで電気を発します。蛍光灯はガス状の水銀で詰まった筒であり、電気を通すと紫外線が筒内に発生し、それが筒の内側に塗られた蛍光物質にぶつかって発光します。それに対してLEDは電気エネルギーを直接光に変えるため、従来の明かりに比べて高効率?長寿命です。

 

 

尝贰顿は1960年代に赤色と黄緑色が开発されていました。そして、光の叁原色の関係で青色尝贰顿さえ开発されれば、この世のすべての色を実现することが可能といわれていました。そこで、世界中の研究机関は青色尝贰顿の开発に跃起になっていました。赤﨑教授も青色尝贰顿开発の研究を进め、青色尝贰顿の材料には窒化ガリウムという物质が必要であると考えるようになりました。研究机関では青色尝贰顿开発が行き詰まり、多くの研究者は20世纪中の発明は困难と见なし、研究をあきらめていきました。また、青色尝贰顿実现にあたっていくつか材料の候补はありましたが、研究者たちが本命视していたのは窒化ガリウムではなく、セレン化亜铅という别の物质でした。そんな状况下でも赤﨑教授は窒化ガリウムによる青色尝贰顿の开発を研究し続けました。赤﨑教授は窒化ガリウムが物理的?化学的に安定していることに注目し、结晶の品质をとことん良くすれば必ず活路は开けると信じていました。そのときに赤﨑教授の研究室に所属していたのが同じくノーベル赏を受赏した天野浩教授でした。こうして赤﨑教授は20年にも渡る研究活动を粘り强く続けた结果、1989年に青色尝贰顿の実现に成功しました。

 

 

青色尝贰顿が発明されたことで、この世に存在する全ての色を実现することが可能になりました。そして今日、尝贰顿は様々な分野で利用が进んでいます。消费电力の少なさから一般家庭の照明として普及しつつありますが、それだけではありません。例えば、スマートフォンのバックライト。これは明るく、色合いの调节が自在で小型化が可能である尝贰顿の性质を活かしています。更に、光の拡散が少なく、まっすぐ进むため、远くからでも见えやすいことから信号机に利用されています。热や紫外线の放出量が少なく、树木を伤めないことからイルミネーションにも尝贰顿が使われています。赤外线や紫外线の放出量が少ない性质は美术馆の照明にも利用されています。照明を尝贰顿にすることで照明による美术品の劣化や损伤を防ぎ、自在な色合いの调节で作品本来の意味を表现する効果もあります。医疗や农业でも利用は进んでいます。医疗ではカプセル内视镜に尝贰顿が使われています。小型で明るく、発热量の少ない尝贰顿の登场によって実现した内视镜です。农业では赤?青?緑の光をバランスよくあてることで、野菜の持つ栄养価、色合い、食感、味をコントロールすることができるようになりました。一部のスーパーマーケットでは尝贰顿を光源とした野菜の贩売も始まっています。

 

Profile

所属:経済学部2年生

出身地:埼玉県